固定式|歯列矯正の器具
症例に応じて利用される様々な固定式装置
歯列矯正と聞けば、一般にイメージする装置がマルチブラケットという固定式装置。歯の表側に金属を装着する従来型の矯正装置です。
ただ近年では歯列矯正の技術が向上し、マルチブラケットに代わる様々な固定式装置が開発されています。またベースをマルチブラケットにしつつも、症例に応じてピンポイントで利用される特殊装置なども登場しています。
ここでは矯正歯科で使われている様々な固定式装置について解説していきます。
歯列矯正で使われる6つの矯正装置
マルチブラケット装置
マルチブラケット装置とは、一つ一つの歯に小さな装置を接着剤で付けてから、その装置をワイヤーで連結して歯列を矯正する装置のこと。一般に歯列矯正と言うとイメージされるのが、このマルチブラケット装置です。
マルチブラケット装置を装着した直後、ワイヤーは乱れた歯列に合わせて凸凹してしまいます。ところがこのワイヤーは形状記憶合金でできているため、徐々に本来の形、つまり真っ直ぐな形に戻ろうとします。この戻ろうとする力を利用して、少しずつ歯列を矯正していくというものです。
かつてのマルチブラケット装置は、すべての歯に装置を装着して歯列を矯正する方法だったのですが、現在では歯科で使われる接着剤が発達したため、かつてに比べて矯正のコントロールがしやすくなったと言われています。
なお近年では、小型化したブラケットやホワイトのブラケット、透明なブラケットなどの審美ブラケットも登場し、患者が希望すれば、より目立ちにくい状態で歯列矯正を進めることができるようになりました。
メリット | ●ほとんどの症例に対応が可能 ●もっとも一般的な歯列矯正法のため、他の治療法に比べてリーズナブル ●装置が頑丈で壊れにくい ●審美ブラケットを利用すれば、目立ちにくい状態で矯正を進めることが可能 |
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デメリット | ●表側に装置を装着した場合、矯正中であることが見た目で分かる ●表側に装置を装着した場合、発音がしにくくなることがある ●歯磨きがしにくくなり、虫歯になりやすくなる ●装着してから数日は、痛みを伴ったり口内炎が生じたりすることがある |
ホールディングアーチ
ホールディングアーチとは、抜歯によってできた隙間を維持(保隙と言います)するための装置のこと。装置の発案者の名前を取って、「ナンスのホールディングアーチ」と呼ばれることもあります。
ホールディングアーチが用いられる主な場面としては、2つあります。1つ目が乳歯が抜けたときや、乳歯を抜歯したときです。
乳歯が抜けると、ほどなく永久歯が生えてきます。その一方で、抜けた乳歯に隣接する別の歯は、抜けた歯の隙間に向けて徐々に傾いてきます。この傾きが永久歯の成長を妨げることがあるため、ホールディングアーチを装着して隙間を確保します。
2つ目は、歯科矯正にともなって抜歯をしたときです。
歯科矯正をする際には、多くの場合、一部の歯を抜きます。歯を抜くと、乳歯の例と同じように隣接する歯がだんだん傾いてきます。この傾きが矯正計画のうえで問題ないのであれば良いのですが、問題がある場合にはホールディングアーチを装着して、歯の傾き・移動を防止します。
メリット | ●確実に隙間を確保(保隙)することができるので、永久歯の萌出や歯列矯正計画への悪影響を予防することが可能 ●装置を装着するのが簡単 |
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デメリット | ●装置が変形することがある ●垂直に保隙することはできない ●保隙が目的の装置なので、歯が欠損した部分は別の方法での改善を図る必要がある |
パラタルバー
パラタルバーとは、上の奥歯を圧下させるための装置のこと。圧下とは、歯肉の方向に圧力を加えることを言います。
歯列矯正をスタートすると、それまでに比べて嚙み合わせが不安定になります。噛み合わせが不安定になると、奥歯への圧力が弱まり、徐々に奥歯が外の方向へと飛び出してくるようになります。この奥歯の飛び出しを防ぐために、パラタルバーで奥歯を歯肉側に押し込むというものです。
歯列矯正を始めた当初の患者の多くは、噛み合わせに不具合を感じます。そのため、どうしても奥歯が飛び出す力が働いてしまうため、ほとんどの患者が一時的にパラタルバーを装着することになると言われています。
なお、パラタルバーは、装着しただけでは圧下の作用がありません。装着した状態で何かを飲み込む(食べ物、飲み物、唾液など)ときの舌の動きを利用して、奥歯を圧下させます。そのためパラタルバーは、常に舌に接触している状態になります。装置の舌への接触に違和感があることから、パラタルバーは患者から嫌われる矯正の一つとなっていますが、大切な矯正なので、一定期間は我慢することが必要です。
メリット | ●歯列矯正の副作用として生じる奥歯のかみ合わせの不調を予防する ●装着している状態が外からは分からない |
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デメリット | ●装着中の違和感が著しい ●歯垢が残った状態だと、歯垢まで歯肉の中へ圧下して炎症を起こすことがある ●装置が接触する部分に口内炎が生じることがある |
リンガルアーチ(リンガル矯正・舌側矯正)
リンガルアーチとは、主に前歯や八重歯の矯正に用いられる歯列矯正用の装置。「リンガル矯正」「舌側矯正」などとも言われています。歯の裏側に装着する装置なので、歯列矯正中であることが他人には分かりにくいことが最大の特長です。
装置はすべて針金のみで出来ています。針金の両端に輪を作り、その輪を奥歯に引っ掛けて引っ張ったり、または歯に沿わせて圧力をかけたりする仕組みで、前歯や八重歯の矯正、下顎の拡大矯正などを行ないます。
なお、リンガルアーチが適用になるケースは、主に歯列矯正の初期の段階。最終的にはマルチブラケット装置が必要になるケースもあることから、従来のブラケット矯正の補助的な位置づけとする見解もあります。
メリット | ●歯の裏側で歯列矯正をするため、見た目では矯正を行なっていることが分からない ●マルチブラケット装置に比べて、食事による食べ物のカスが詰まりにくい ●マルチブラケット装置とは異なり、歯の表側はしっかりと歯磨きができる ●微調整がしやすい構造なので、歯科医による技術力の差が出にくい |
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デメリット | ●歯の裏側に矯正装置を装着するため、舌が装置にあたって話しにくくなる ●装置が歯茎にあたると痛い |
緩徐拡大装置(スローエキスパンジョン・クワドヘリックス・バイヘリックス)
緩徐拡大装置とは、歯列の幅を広げていく矯正装置のこと。1~2年かけてゆっくりと幅を広げていくことから「緩徐」という名前が与えられました。スローエキスパンジョンと呼ばれることもあります。
緩徐拡大装置を大きく分けると、固定式と取り外し式の2種類があります。固定式は歯科医しか取り外せない固定された装置のことで、取り外し式は患者自身が取り外すことができる装置のこと。固定式の場合、通院のたびに歯科医が微調整を加え、あとは患者が自分で取り外せないものなので、効率的に矯正を進めていくことができます。取り外し式の場合、睡眠中に患者が装置を装着するだけなので、歯列矯正による様々なストレスから解放されるといった特長があります。
なお、緩徐拡大装置のうち上側の歯列を拡大する装置をクワドヘリックスと言い、下側の歯列を拡大する装置をバイヘリックスと言います。
メリット | ●固定式の場合、患者が装置を操作できないため、歯科医が幅をコントロールしやすく治療効果が高い ●取り外し式の場合、患者は睡眠中に装置を装着するだけなので、日中は歯列矯正を行なっていることが他人には分からない ●取り外し式の場合、歯磨きを普段通りにできるため口の中の清潔が保たれる |
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デメリット | ●固定式は歯磨きがしにくく、口の中が不衛生になる場合もある ●取り外し式の場合、患者の意志で使用を中断すれば矯正効果はなくなる |
急速拡大装置(ラピッドエキスパンジョン)
急速拡大装置とは、上顎の骨を拡大する装置のこと。短期間で骨を拡大していくことができるため、急速拡大装置(ラピッドエキスパンジョン)と呼ばれています。急速拡大装置の適用年齢は12歳くらいまでの子供。最年長でも18歳くらいまでとなるため、成人には適用されません。
成長期の子供の上顎の骨は2枚で構成されています。この2枚がまたくっついていない段階で、急速拡大装置を利用して、それぞれの骨を逆方向に引っ張ります。数キロ単位の力を2週間ほどかけ続けると、2枚の骨が1cmほど離解。のち離解したスペースに骨が新生されて、拡大した上顎が安定します。
抜歯して歯列を矯正するのではなく、骨自体を拡大する方法なので、矯正後の戻りも少ないという点が大きな特長です。
メリット | ●短期間で大きく歯列の幅を拡大することができる ●骨自体を拡大する方法なので、抜歯の必要がない ●矯正終了後の後戻りが少ない |
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デメリット | ●適用は子供で、骨の固まった大人には適さない ●子供でも適用されるケースは少ない(通常は抜歯矯正が行われる) |